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神戸地方裁判所姫路支部 昭和43年(ワ)322号 判決 1969年7月18日

原告

小林ふじゑ

被告

坪田岩吉

ほか一名

主文

被告らは、原告に対し、各自、金三、一三八、五三七円とこれに対する被告坪田岩吉においては昭和四三年一一月四日から、被告坪田吉彦においては同年同月五日から完済に至るまで年五分の率による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告に生じた分の二分の一を被告らに連帯負担させ、各被告に生じた分の二分の一ずつを原告に負担させるほか、各自の負担とする。

この判決は、第一項および第三項中被告らに負担を命じた部分につきかりに執行することができる。ただし、原告のため金三、四〇〇、〇〇〇円の担保を供したときは、当該被告に対する仮執行を免れることができる。

事実

原告の三男・小林力(当時二六才)は、昭和四二年九月一九日午後六時二〇分頃、自転車を運転し、兵庫県神崎郡香寺町広瀬四五六番地先の、交通整理が行われておらず、公安委員会が最高速度を毎時四〇キロメートルと制限していた三叉路を、南から東に、貨物自動車に追尾して、進入しようとする道路の右側端の延長線よりやや手前から右斜めに進路をとつて右折(道路交通法第三四条第三項違反)中、同交差点の北方から南進直行して来た被告坪田吉彦運転の普通貨物自動車を衝突され、右頭骨々折等の傷害を蒙り、これに基因して、同日午後一一時一五分頃、同市仁豊野六五〇番地、聖マリア病院において、死亡した。右加害自動車は、被告坪田岩吉の保有にかかり、同被告が自己のために運行の用に供していたものである、

以上の事実は、当事者間に争を見なかつた。

原告は、被告坪田岩吉に対しては昭和四三年一一月三日、被告坪田吉彦に対しては同年同月四日送達された訴状に基いて、

「被告らは、原告に対し、各自、金六、〇〇〇、〇〇〇円とこれに対する被告坪田岩吉においては昭和四三年一一月四日から、被告吉彦においては同年同月五日から完済に至るまで年五分の率による金員を支払え。」

との判決と仮執行の宣言を求める旨申し立て、

次のとおり述べた。

「本件の衝突事故は、被告坪田吉彦の自動車運転上の過失を原因として発生したものである。

事故現場に残された加害者のスリップ痕は、右が二八・九メートル、左が二二・五メートルであつて、同車は、定期点検を受けて間もない比較的新しい車両で、構造上または運転操作上の欠陥があつたとは思われない。そして、事故現場は、古いアスファルト舗装道路で、その磨擦係数は、〇・五五ないし〇・七五である。そこで、スリップ痕の長さを両輪の平均値として、

<省略>

の数式により算出すると、事故直前における加害車の速度は、最高で時速六九・八〇キロメートル、最低で五九・七八キロメートルであつたことになる。事故現場は、人家の比較的密集した三差路で、人車の往来が繁く、公安委員会が車両の最高速度を毎時四〇キロメートルに制限した道路上である。したがつて、被告吉彦は、法定の徐行義務(道路交通法第四二条)に違反しているのはもちろん、制限最高速度を毎時二〇ないし三〇キロメートルも超過し(同法第二二条)、かつ、前方の注視を怠つたものであつて、その過失は、まことに重大といわねばならない。

もつとも、被害者の小林力にも、被告らの主張するとおり法定の右折方法に違反している過失があつたことは、否めない。しかし、力は、自転車に乗つて右折したもので、その速度は、せいぜい毎時一五キロメートルであつたとみなければならないから、幅員七・三メートルの道路の横断を完了するには、約一・八秒、斜に横断したのであれば二秒余を要したことになる。力の右折直前には、その右側方を貨物自動車がおそらく時速四〇キロメートル位で追い抜いて行つたのであるが、それにしても、前示スリップ痕の長さなども考え合わせると、被告吉彦が力の乗つていた自転車を発見し得た時点にあつて、加害車は、右自転車よりかなり北方に位置していたはずである。それ故、同被告が制限速度を維持していたならば、本件の衝突事故は、まず発生しなかつたであろう。同被告の過失の度合は力のそれをはるかに上廻つたものといわなければならない。

右の次第であるから、被告坪田吉彦は、不法行為者として、被告坪田岩吉は、加害自動車の運行供用者として、各自、本件衝突事故による力の死亡に基く全損害の賠償義務を負うべきものである。

被害者の小林力は、事故当時二六才の健康な男子で、冨士製鉄株式会社広畑工場に勤務していた。同人が本件事故に遭遇することなく生存しておれば、五五才の定年まで勤続し、賃金総額二二、一七四、二八八円、賞与総額六、一七八、二〇〇円のほか、退職手当五、六四一、三〇〇円の支給を受けたと思われる。そこで、以上の合計額から生活費として推計される半額を控除し、さらに、ホフマン式計算法によつて中間利息額を控除すると、逸出利益の現在額は、八、三〇一、六三七円となる。原告は、力の母で、唯一の相続人であるから、右逸出利益相当額の損害賠償請求権を承継取得したものであるが、右につき、後日自動車損害賠償保障法による保険金三、〇四二、四四五円の支払を受けたから、残額は、五、二五九、一九二円となる計算である。

小林力は、原告の三男で、昭和三四年三月姫路工業大学附属高等学校を卒業し、直ちに冨士製鉄株式会社に入社したもので、近く妻帯すべく勤務に精励し、原告も、これをいつくしみ共に生活していたもので、力を失つたことにより言語に絶する精神的打撃を蒙つた。これを慰藉すべき金額は、二、〇〇〇、〇〇〇円を下るべきでない。

よつて、被告らから原告に対し、本件衝突事故に基く損害の賠償として、各自、上記逸出利益額と慰藉料額の合計金の内金六、〇〇〇、〇〇〇円、ならびに、これに対する訴状送達の日の翌日以降の民法所定率による遅延損害金を支払うべき旨を請求する。」

被告は、これに対し、次のとおり述べた。

「本件の衝突事故は、もつぱら被害者小林力が法定の右折方法を遵守せぬ無謀な自転車の運行をしたことによるものである。被告坪田吉彦としては、まさか貨物自動車の後から自転車が斜に飛び出して来るとは思つていなかつたのであり、このことは、何人を同被告の立場に置いたとしても同じであつたと思われる。自動車の運転者は、他人の不法な運行をまで配慮しながら運行せねばならぬいわれはないから、同被告は、本件の事故につき無過失というべきである。

かりに百歩を譲つて、本件の事故につき同被告の過失を否定し得ないとしても、その過失の度合は、極めて軽度であり、被害者力のそれとの比は、せいぜい二対八までと思われる。したがつて、過失相殺の法理により、被告らの賠償額には減少を施すべきものである。

なお、原告の損害額に関する主張は、これを争う。」

証拠関係〔略〕

理由

原告の被告らに対する請求は、一部につき理由がある。

昭和四二年九月一九日午後六時二〇分頃、兵庫県神崎郡香寺町広瀬四五六番地先の、交通整理が行われておらず、公安委員会が最高速度を毎時四〇キロメートルと制限していた三差路において、北方から南進直行して来た被告坪田吉彦運転の普通貨物自動車と南から東に右折中の訴外小林力運転の自転車が衝突したため、同人が即日死亡したことは、当事者間に争がない。

しかるところ、〔証拠略〕中、信用し得べき部分によれば、右事故現場附近の南北道路は、幅員約七・三メートルで舗装されており、平素からかなりの車の往来があり、本件の事故も、同被告が数台の対向車との離合直後ないし途中において発生したものであるが、同被告は、毎時約五〇キロメートルの速度を保ちながら右三差路に進入しようとしたところ、対向自動車の後から右折しかけた被害者運転の自転車を十数メートル先に発見し、制動措置を講じたが、間に合わず、これに激突したものであることが認められる。そうすると、右衝突事故直前における同被告の運転方法は、道路交通法第二二条および同法第四二条に違反した事故防止上はなはだ不適当なものであつたというべきであり、ここに同被告の自動車運転上の過失、ならびに、右過失と本件事故との間の相当因果関係の存在を肯認するに十分である。同被告本人の供述中自己の過失を否定する部分は、右認定および判示の妨げとならない。そうすると同被告は、不法行為者として、右事故に基く損害を賠償する義務を負うことが明らかである。

次に、右加害自動車が、被告坪田岩吉の保有にかかり、同被告が自己のために運行の用に供していたものであることは、当事者間に争がない。それ故、同被告は、自動車損害賠償保障法第三条に従い、同車の運行による右死亡事故に基く損害を賠償する義務を免れぬものというべきであり、右賠償義務は、被告坪田吉彦のそれといわゆる不真正連帯関係に立つものである。

しかるところ、右訴外小林力が死亡当時二六才の男子であつたことは、当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、同訴外人は、健康で、冨士製鉄株式会社広畑工場に勤務していたものであり、本件事故により死亡することがなかつたならば、昭和七一年三月まで勤続可能で、勤務先会社の現給与基準により計算すると、その間、別紙計算表記載のとおり、漸次昇給し、合計三三、九九三、七八八円(内訳・賃金二二、一六四、二八八円、賞与六、一七八、二〇〇円、退職手当五、六四一、三〇〇円)の支給を得られたものと予測することができる。これからホフマン式計算法により中間利息を控除して得られる現価は、別紙計算表記載のとおり一九、四四三、三五一円であり、その間の生活費を収入の半額としても得べかりし利益の現在額は、原告の主張する八、三〇一、六三七円を下ることはない。そこで、同金額を逸出利益額と認定し、なお、原告が訴外亡力の母であることは、当事者間に争がなく、〔証拠略〕によれば、他に相続人が存しないことが認められるから、後記過失相殺の点を除外して考えると、原告は、単独で右逸出利益相当額の損害賠償請求権を承継取得したものといわなければならない。

次に、原告が三男力の突然の死により甚大な精神的打撃を蒙つたことは、当然推測し得るところであり、〔証拠略〕も、これを裏付けるものである。これを慰藉すべき金額として原告の主張する二、〇〇〇、〇〇〇円は、まことに相当である。そこでこれに前記逸出利益相当額を加えると一〇、三〇一、六三七円となる。

しかしながら、本件事故に先だつ被害者力の自転車運転が、道路交通法第三四条第三項に違反し、交差点の中程を通つたものであることは、当事者間に争がなく、また、〔証拠略〕中信用すべき部分によつても、その運転が、南北直行車輛との接触の危険性を考慮しないかなり無謀なものであつたので、この点の過失が本件事故の一因をなしたものであると認めるに十分である。よつて、被告らの賠償責任額を定めるにあたつては、この事情を斟酌し、前記の認定額に四割の減少を施すこととする。そうすると、その額は、六、一八〇、九八二円となる。

ところで、原告は、本件事故に基き、自動車損害賠償保険法による保険金三、〇四二、四四五円の支払を受けたことを自認しているから、さらに同金額を控除すると、結局被告らの残存賠償責任額は、三、一三八、五三七円となる計算である。

してみれば、被告らは、原告に対し、各自、右三、一三八、五三七円とこれに対する訴状送達の日の翌日以降の民法所定率による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の請求を右の義務の履行を求めている限度において理由があるものとして認容し、その余を理由がないものとして棄却することとし、なお、民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項但書、第一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 戸根住夫)

〔別紙〕 計算表

<省略>

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